水木しげるのエッセイ『カランコロン漂泊記』について、2019年当時に書いた読書感想です。ここでは歴史上の出来事を検証するのではなく、私がその語りをどう受け取ったかをまとめます。
“『カランコロン漂泊記』読書感想――水木しげるの語りから時代を考える” の続きを読む『不滅のあなたへ』考察――不死者の成長をどう読んだか(2019年の感想)
大今良時の『不滅のあなたへ』を2019年当時に読んだ感想・考察です。物語の内容に触れます。当時読んだ範囲の解釈と結末の予想を残したもので、現在の作品全体や結末の解説ではありません。
“『不滅のあなたへ』考察――不死者の成長をどう読んだか(2019年の感想)” の続きを読むいい加減くらいが丁度いい ( 池田 清彦 (著))
2019年当時の読書感想です。著者の考えへの印象と、科学的な合意の有無は分けて読みます。
前半は社会にある問題を生物学の知見を交えつつ先生の考えを述べています。最後の方は先生の過去のお話や、定年後はどうするかなどの話で、全体的に何か熱意をもって解決しようとかではなく、斜めから見たボヤキに近い感じになっています。つまり、全体が「いいかげん」のすばらしさを説いているといえますね。
池田先生はやはり人間的に面白い方で、本の内容も「気づき」や「知見」だけでなく、肩の力が抜けて面白いという感じです。
池田先生の「構造主義生物学」という考え方にも関心を持ちました。ただし、どの程度学界で受け入れられているかは本記事では確認していません。これは学術的な評価ではなく、過去の著書にも先生の知見が凝縮されていると感じた読書当時の印象です。
『池の水全部“は”抜くな!』読書感想――命への違和感と外来種対策を分けて考える
月刊つり人編集部の『池の水全部“は”抜くな!』を読んだ2019年の感想です。外来種をめぐる私の疑問と、環境省の資料で確認する用語を分けてまとめます。池の水抜きや駆除の手順を案内する記事ではありません。
“『池の水全部“は”抜くな!』読書感想――命への違和感と外来種対策を分けて考える” の続きを読む何故勉強すべきなのか
2019年当時に考えた、勉強する意味についての個人的な意見です。社会の変化に関する予測も、当時の見方として記しています。
昔の親は楽だったのかもしれません。子供に勉強しろというのは当たり前だったからです。
高学歴の取得には多少の疑問を持ちつつも、それでも余程の才能ややりたいことがない限り、勉強すべきというのが親、教師、子供の共通認識だったように思います。
2019年当時、学校に通う意義を問い直す意見に触れ、学歴と学ぶことは別なのではないかと考えていました。
ここで私が考えたいのは、学校に通うかどうかだけでなく、自分で学んで行動することの意味です。
これは昔からそうなのですが、企業の社長や成功者は本の中で自分の哲学や思想を語ります。それは生き方に迷っている人間に勇気や示唆を与え行動を促すということで、意味のあることだとは思います。
しかし、そういった本はその人の体験談や考え方を書いているだけで、学問としての哲学とは全く別のものだと思います。もちろん同じ考え方を別の言い方に置き換えているだけで、根本的に同じことだったりはしますが、人間である以上所詮自分の意見に過ぎず、学問的なつながりの上に成り立つカントやウィトゲンシュタインの思想とは全く別物でしょう。
法律や制度の背景を考えるうえで、哲学や歴史を学ぶことは手がかりになると思います。ただし、法律を理解する方法が西洋哲学だけに限られるわけではありません。
私が危惧するのはそういった大きな学問的体系を無視して独自の思想で突っ走る集団が今後現れるのではないかということです。
今いるインフルエンサーという人たちが自分の経済的成功を背景に若者にビジネスを超えて思想や哲学について語り、 人生を指南するときそういった学問的背景、過去の天才が人生を賭け書物として後世に残し、後の天才たちが革命的アップデートを施し完成に近づけてきた学問を横に置いておいて、「わからなくても即行動する!」ということで何かをやらかすのを社会は止められるのでしょうか。
今までは何をやるにも国家や法律の下でルールを守ってやるのが当たり前でした。しかし、今後は個人や企業の力が大きくなり、国家を形成することも可能でしょう。独自の通貨を持ち、近代の許容できない思想で動く集団が今後現れるかもしれません。
結論:勉強は知らない人と仲良くなるためにする
今まで見たこともない、考えたこともないことを排除して生きるのは簡単で思い切りがいいようですが、人生は理解できないことの連続です。わからないことに出会ったときに、先人の知恵が少しは役に立つかもしれません。
